すまん、おやすみ
番外編めいた妄想だけどなwww
村の誰もが彼女の誕生に涙した
両親ももちろん、泣いていた
母親と父親だけは村の者とは違った理由で泣いていたのだろうと、後になって知った
村の誰もがと言ってしまったが考えてみれば嘘だった
少なくとも、俺は泣いていなかった
村が潰れようが廃れようが、俺には興味がなかったのだ
自分が産まれ育った村に興味がないと知ったのは十二歳の時だった
俺の両親は他と変わらず畑を耕す農民である
俺が特別変わった境遇で暮らしてきたということもなく、年齢の近い者と数人で勉強をしている時のこと
あれは教師がなんの話をしている時だったろう
確か、歴史の話をしていた
歴史の授業を受けると、俺は自分が見聞きしたことのない存在に胸踊り、意気揚々と教師に聞いた
例えば、戦闘機とはなにか
聞くと、空を飛ぶ乗り物だと言っていて、他の者は馬鹿にしていたようだが、俺は感嘆の息を漏らして目を輝かせた
なにせ人が空を飛ぶのだ。この青い空を
自由に、どこまでも自由に飛ぶのだろう
鳥のように
興奮冷めやらぬ授業の中、俺は大きな声で教師に言った
「先生、俺は飛行機に乗る人になる!」
すると教師はにっこりと笑って教えてくれた
「君はご両親の後を継いで畑を耕すのよ」
十二歳だったが絶望を舐めた
なにせ、あの教師の面には、夢や自由なんてものがちっともなかったのだから
多少捻り育ってしまい、十四の頃には村に期待していなかった
両親の後を継いでつまらない人生を死ぬまで過ごすのだと思った
そんな頃合に彼女は産まれた
百年に一度の祭の軸が産まれたのだ
彼女は誰よりも美しく育てられる運命にある
なにせ村を護るために死ななければならないのだから
そんなものだろう、と俺は思った
俺が畑仕事をするしかないように、彼女も村のために死ぬしかない
村の中に自由はなく、かといって外の世界に出られるわけがない
鳥は鳥でも、鳥籠の中だ
それならばそれらしく、せめて鳥籠の中で得られる幸福とやらを見つけることだ
欺瞞と虚構が塗りたくられた偽物だとしても、人は幸福になれると先人が証明している
このまま話は終わるはずだったのだが、村には珍しく事件が起きた
村にとっての事件とはつまり、しきたりが破られるということである
破ったのはなんと屋敷の者だったから驚きもひとしおだった
屋敷の者――生贄を産んだ両親が、我が子を抱いて逃げ出そうとしたという
運悪く家の者に見つかってしまい逃げ損ねた二人は、後ろ手に縄で縛られて、石ころが霧散した新地の上で強制的に正座されられていた
簡易で組まれた玉座のような場所から二人を見下ろすのは村の長であり屋敷の長でもある婆だった
母親は泣いていて、父親は憤っていた
「鬼だ! 貴様は、鬼だ!」
怒鳴り散らす父親に対して、婆はぼそりと呟いた
こっそり近づいていたものだから俺は聞こえてしまった
「これだから外の者は」
驚きのあまり卒倒しそうだったが、そんな場合ではない
外の者と婆は言った
外に行けない村に外の者がいる
それはつまり――夢を見た
村人達は生贄を連れ出そうとしたことを激しく非難した
屋敷の者としてこれはいけないだろうと婆に詰め寄った
屋敷の血は母親に流れていて、父親は婆の言うことが確かなら外の者だ
その事情を村人は知らないし、知っていたとしても関係ないだろう
破られたしきたりに対して村人が提示した罰に俺は耳を疑った
俺はこの時まで村に興味がなかったが、初めて村を恐いと思った
どうしてそんな答えに行き着いてしまうのだろうと不思議になった
村人は叫んだ
一人が叫ぶとあとはもう雪崩だ
一度雪崩たら止まらない勢いが婆の耳に届いた
殺せ
耳につくと暫くは離れない、呪いの声が輪唱される
怒鳴っていた父親も泣き続けた母親も顔面蒼白で声もでない
二人に連れられて外の世界に行きかけたなにも知らない赤ん坊は、村の長に抱かれてすやすやと眠りこけていた
物言わぬ赤ん坊も言葉を口にし始める
生贄の両親が死んで三年が経ち、俺は十七歳になった
村にとって十七歳といえば扱いは大人と変わらず、朝早く起きて畑を耕しあれこれと動き回る
そんな中、俺は昼になると教師の元に行って勉強を教えてもらった
先入観という思い込みは恐ろしい
子供の頃、俺は村が絶対的に外界との接触を持たない場所だと思っていた
そう教え込まれていたし、大人達も疑問を持っていなかったので、俺も疑うことはなかった
けれど、調べてみれば不可思議なことは沢山あった
村の文明の発展であったり、外の知識を持った者――教師の来訪であったり、他にもあるのだが
全ては俺が四つの頃に集約して始まったらしかった
後になって俺が四つの時、奥様が"日本"という国に自分達の存在を認めさせたと知ったのだが、村の者は当時、少数を除いて知らないままだった
知らない方がいいこともある
知ってしまえば大変なことになる
村を滅ぼすほどのことが起きてしまう――そう考えたらしい
ともあれ、当時の俺は外界に接するために勉強をしていた
勉強という行為だけが外界の知識に触れる唯一の手段だったからだ
その介があって、俺は村人の運命から大きく外れた
望みが叶ったのだから、言うことはなかった
村長の婆に呼び出されたのは十七歳の春だ
あの婆に呼び出されるなんて一体なにをしでかしたんだお前はと父が不安がっていたが、俺には覚えもなかった
実際問題、俺が原因で呼び出されたわけじゃなかった
婆は言った
村の外に出る気はないか?
俺は一も二もなく頷いた
勉強をしていたこともあり、俺は外界の高校という場所に入学することなった
学習をするために造られた教育機関と聞いていたが、その割には学習する気のない者が大半で驚いた
高校を卒業した後は、大学に進学することになった
その頃には流石に俺は色々なことを知っていた
例えば、俺が産まれ育った村は狂っていることだとか
高校を卒業し大学に進学する合間、久しぶりに村へ帰った
婆に報告しようと屋敷に訪れたらやけに人見知りのする少女に出会った
生贄は、七歳になっていた
木の幹に小さな体を隠してこちらを覗く少女が生贄だと一目でわかった
この屋敷にそれらしい年齢の子が生贄しかいないからというのもあるが、なによりも少女は人と違う雰囲気があった
「……誰?」
俺に対して向けられた言葉は突き放す類ではなく、好奇心が詰まった有効的な問いだったように思う
「婆にお世話になっている者だ」
「……母さんに?」
「母? 母では……」
言いかけて口淀む
少女がそんな勘違いをしているとは到底考えられない
そう考えるよりは嘘を教え込まれているという方が納得できる
子供の頃、村の外に出られないと教え込まれた俺達のように
「そうだ」
言うと少女は破顔一笑、嬉しそうに木の幹から出てきた
どうやら少女にとって母――婆は大切な存在らしい
不意に胸がずくんと傷んだ
はっきりと断言できるが、この痛みを得たのは村人の中でも俺だけだろう
「君は将来、村のために死んで貰うのだ」
少女にとっては唐突過ぎただろう
俺だってこんなことを言うつもりはさらさらなかった
そもそも少女のために言ったわけじゃない
村の理不尽に逆らいたくて言った、つまらない理由だった
生贄であることを知らない少女に生贄だと前もって教えることで、少女が生贄に悪印象を抱けばいい
先入観とは恐ろしいものだ
一度そうなってしまえば、覆すことは容易くない
生贄になることを良しとできなければ、少女に未来が産まれるかもしれない
村人にとっては、まやかしの呪いだろうと効果は絶大なはずだった
「ええ」
しかし少女はただ微笑んだだけだった
彼女の両親は村のしきたりに殺されていて、自分の娘に鉄槌を下した母親がいて
外の世界のことを高校、大学と学んで戻ってきた黒服に与えられた職が"お嬢様"の付き人だったようだ
「貴様の言うような感情があるかどうかは知らない。だが、お嬢様に対しての罪悪感が日毎迫ってくる。
この村の中で俺だけがお嬢様を救えたかもしれないというのに、俺にはなにもできなかった」
何故なにもできなかったのかと俺に黒服を責める権利はない
この村で産まれ育たった人を苦しめる鎖が俺には視えないのだから
「黒服、俺はお前の気持ちに応えてやれないと思う」
「……貴様はお嬢様を救いに来たのだろう?」
「いや、違うかもしれない」
彼女の考えを理解するためにどうすればいいか、未だに明確な答えはでていない
だけど一つだけわかったことがあった
彼女を理解するということは、彼女を受け入れるということは
彼女を救う必要がないということだ
「俺はただ、彼女に最後の我侭を言いに来ただけだ」
黒服は目を細めて、寂しそうに呟いた
自分は部外者だからなにも口にする権利がないとするかのように、吐き捨てた
それでもいい、と
おやすみ
明日も待ってるわ