産まれて初めてのナンパで人生狂った　vol.13

問題なのは屋敷の婆がなんと言うかだった
なんせ一度「二度と近づくな」と言われてるもんだからどうすりゃいいか考えていた
けど思いの外呆気なく婆は諦めたらしく、黒服から好きにしろと伝達がきた

そうそう、祭の元旦までに行われるイベントを目一杯楽しむため、俺は彼女をクリスマスデートに改めて誘ったんだよ
そしたら案の定というか、彼女から返ってきたのは「クリスマスってなんですか？」とのことだった

「なるほど……無断で家に侵入して、詳細不明の物体を残し、鹿のような動物に空を駆けろと無理難題を突きつける人物の日なのですね」
「俺の説明ってそんなにひねくれてた？」
「ふふ、冗談です」
箱入り娘の冗談はとても解りづらいので笑い所が難しい

なんとなくで彼女はクリスマスというものを理解してくれたので、クリスマスデートをすることになった

バイクで移動するのは寒すぎたから黒服に街まで送ってもらった
クリスマスデートだからって特別違うデートプランというわけじゃない
なにせ俺の金に限りはあったし、予約とかなんにもしてなかったから

でもまあ、フェリーに乗船できたのでしてみると彼女が海の上を走る車だと驚いたり、夜景が綺麗だとはしゃいだりして、いつも通り可愛かったさ

彼女にとってボディタッチや裸を見られるというのに羞恥心がないことは既に解っている
だけどキスをするって行為には恥じらいを持っていたようで安心した
精一杯の愛情表現を行った彼女は照れてそのまま俺の胸に顔を埋めている
いつだったか手を直で繋いだ時に恥ずかしがっていたけど、あれは今の状況から見るに愛情が照れ臭さを与えたんかな？
……余談だが自分で愛情とか言うのって辛いな。ほら、言ってみ？

なんにしたって彼女が可愛い
最近特に可愛く感じられるのは彼女が少しずつ人臭くなってきているからな気がする
ちょっとずつこっち側の世界に順応してる

「山神様は……今日も眠っているのでしょうね」
そんな冗談を口にするぐらいには、山神様の存在に疑問を抱いてくれていた
だからといって彼女は生贄であることを辞めない
そのことを俺もうだうだと言うつもりはない

そう、俺はあれから村の屋敷に泊まっている
元々部屋がいくつもある屋敷
使っていない部屋も多いですよとは彼女の言だが、帰りたくなかったから居着いてしまった
残り七日を切っているが……ちょっとした居候だ

好きな子と居候ともなればすんばらしい妄想をするだろ？
そのどれもこれもは発生しない
俺が彼女と一緒にいられる時間に制限はないが、彼女は夜の十時には眠ってしまう
というかその時間帯になると
「……ん」
と声を漏らしつつうつらうつらと彼女は船を漕ぐからどうしようもない

だから十時まで
お風呂ハプニングもどっきり夜這いもなし
まあメリットの方が多いことは言うまでもないんだがな

大晦日だからなにかをする、ということは特になかった
先述の通り深夜は眠ってしまう彼女だし、この村にはテレビもないから紅白が見れない
かといって神社があるわけでもなく、そもそも年越しの信仰が薄いようでいつも通りの静かな村だ

彼女の部屋の縁側に、俺と彼女は一番多く居た気がする
夜になったら縁側に出て、そこからぼうっと空を眺めれば時間の感覚が違ってくる
ゆったりとした、流れるような――そんな風に動き出すから、俺と彼女は一緒に過ごす

そりゃこの十日間遊びに遊んださwww
だけどさ、ほら、俺と彼女のきゃっきゃうふふをもう十日分も続けたら俺の妄想が擦り切れるだろ？
ってかお前らの堪忍袋がぶち切れるだろ？

それにまあ実際、顎にちゅっされた以外にラブめいた何かはなかったしな
違和感なく手を繋げたとか彼女が街のギャルの真似して腕組んできたけど俺が恥ずかしくって逃げたとかwww

彼女はなんて考えてたんだろうな
俺は上手く頭ん中を表現できないけど
彼女もそうだったのかな

俺の心ん中はぐっちゃぐちゃだったよ
そりゃそうだ、好きな子が死ぬんだから
でもそいつを俺は理解するんだから

死ぬって俺には身近なものじゃない
友人の死を経験したことはあるし、俺は産まれて暫くして母親が死んでたりもする
まあ母親が死んでんのは正直ちっさすぎてなんも覚えてないんだが、友達の死はそれなりに強烈だった
仲がそれなりに良いやつだったし、あまりにも突然だったし

だけど明日には好きな人が死んでしまう
そん時の気持ちと同等かどうかって聞かれたら、全くの別モンとしか答えられない

夜も深くなってきて、いつもの彼女ならうつらうつらと眠気がやってくる頃だ
実際、彼女は眠かったのかもしれない
だから言い出したのかもしれない

「ありがとうございました」と

「貴方のおかげで沢山のことを知れましたから」
「それを苦しいと言った時もあったっけ？」
「虐めないでください。それに、私が苦しいと言ったのは……この想いのことですよ」
胸にそっと彼女は手を添える

「不思議ですね、本当に不思議です。
私はずっと一人で生きてきたからでしょうか、こういう気持ちの存在に気づけませんでした。
外の人たちはみんな知っているのでしょうか？
自分以外の人を大切にしたいと想うこの気持ち……とても、暖かい物です」

「どうだろうな……みんな知ってるってことはないかもしれない。
でも、うん。知ってる人は多いだろうな。
出会いがこの村よりもずっと多いから」

「出会いですか。
素敵なものですね、出会いは。
人に出会うことも、知識と出会うことも、世界は美しい物ばかりですから」

世界は美しい物ばかり
彼女の言葉に堪らず歯ぎしりが鳴ってしまう
だってそうだろ？
世界を美しいって言える彼女はその裏側の、光の影みたいな汚い部分に殺される
こういうのなんていうんだ？
劇的？　悲劇？　それとも喜劇か？
俺はなにに苛立てばいいんだろう

「貴方が全て、教えてくれたんです」

彼女はもう一度ありがとうございましたと呟いた
涙を一粒零して呟いた
そして、言う

「この星空も今日で見納めです」