もしも好きな子が自分とはあまりにも違い過ぎたらどうする?
そんなことで嫌いになるような恋じゃないと盛り上がる奴もいるだろう。俺もどちらかといえばそちらに近く、だからって彼女を嫌いになったりしていない
でも戸惑った
ようやく彼女の全身を捉えられたかと思えば"私が護るこの村"と来たもんだ
どんな裏付けがあればそんな言葉を使うことができるだろう
確かにこの家は村の中でも一番大きい気がする。つまりは村の長的な役割を担っている可能性も高い
その家の住人が"護る"と言うのなら、今後の村の発展や経済の事情を踏まえて村長として村を"護る"という意味合いかもしれない
だけど納得いかない。そして何度も言うが俺は賢くないから、ぽんぽんと理由が思いつかない
だったら本人に直接聞いてしまえと意気込むが、俺は彼女に気圧された
彼女が人を否定、批判するような人柄ではないと前もってフォローしておく
だけどこの時ばかりは壁を作られた
座布団しかない畳の部屋なのに、俺は彼女の姿をまたも見失っている
だから返す言葉も
「……いいえ」
当たり障りのないものだった
彼女との会話が無くなってどれだけ経ったのか。時計もないこの部屋では太陽の角度だけが頼りで、俺は空を見上げることに慣れてない
沈黙がいつも以上に重厚で息苦しい。でも、彼女はそうでもなかったようだ
「私の部屋に貴方がいるなんて、不思議な気分になってしまいます」
「不思議ですか」
「はい。この部屋には母でさえ入ったことがないのです。入るのは精々、私と家政婦の方だけでしょう。なのに貴方がここにいらしてるのは、妙な光景です」
自分の娘の部屋に入らない母親に育てられるってどんな気持ちだろう
実際育ってみればどうということはないかもしれない。特にこんな、箱に入れられてしまったら
もう十一月だ、陽が傾くのも自然と早くなる
「今日はどうします? 御飯、食べていかれますか?」
なにも知らない俺だったら思考を飛び越して頷いただろう。だけど今はいつもみたいに気楽でいられない
「明日も仕事なので遠慮しておきます。すみません」
「そうですか、残念です」
彼女はしゅんとなってしまう。なぜだか心の隅っこがちくりと痛む
「では家まで送らせていただきますね」
「お願いします」
彼女が黒服を呼んでくると立ち上がり、部屋の外に出て行った
俺はなにもない部屋でぼうっとしていた
ぼうっとしていたかった
すると廊下に人影があって、彼女が戻ってきたかと思ったら黒服だった
「あれ、彼女は?」
「付いてこい」
言って黒服はどこかへ歩きだす
慌てて付いていくが明らかに方向が玄関ではなく、屋敷の奥だった
「どこに行くんですか?」
「奥様のところだ」
「彼女の母親、ですか」
「奥様はお嬢様の祖母だ。お嬢様の両親はこの村にいない」
「でも彼女は自分の部屋に母親も入ったことがないと言ってましたけど」
「いいから黙って付いてこい」
有無を言わせない物言いに口を閉じた
抱えている疑問が全て晴れる気がするのに、胸の内は暗雲とした不安が漂っていて、しんどいんだよな
長い廊下を連れられていかにも立派な襖を黒服が開けると、そこに彼女の祖母、呉服を着た"奥様"がいた
白くなった髪と所々に目立つ皺から高齢なことが窺えるが、座布団の上に座った後ずさりすらしかねない正座の美しさや、俺を迎えた眼光や
「そこへ座れ」
発せられた気力溢れる声色に実年齢よりも若いと思わされる
……ってか女性に命令されたの初めてかもしれん
「初めまして俺は」
「口を開いていいと言ったか?」
この人、命令だとかそういう次元の問題じゃない。明らかに俺を蔑視している
蔑視されることが多々ある人生だったとはいえ、ここまで全力で否定されるのは流石に初体験だ
「お前はなにを知った」
「……どういう意味です?」
「あれについて、どれだけのことを知った」
「あれ? どれだけ?」
奥様が眉間を寄せて、落ち着き払って右手を上げる。すると黒服が「はい」と応じた
なんかこの人、金持ちってより、王様って言った方がしっくりくるんだが
「奥様から許可をいただけた。お前はなにが知りたい?」
なるほど。奥様は口を開くのも煩わしいからと使用人に丸投げしたわけか
こういう奴、俺は大嫌いだ
「知りたいことが多すぎて困ってます」
「それなら全てを教えよう。お嬢様のことも、村のことも」
「お願いします」
黒服は丁寧に教えてくれた
なにからなにまで、作り話のような世界のことを
「村を作ったのは屋敷の祖先だ。そのため、村人達は屋敷の家系を敬うというしきたりがある。
現に村の長である奥様も、代代当主も村のためにと尽くしておられ、結果もでている。
「奥様が最も尽力されたことは国に村の存在を認めさせることだった。
今から三十年前、十数年に及ぶ交渉の後、村は国に認定され、村人達の存在も認知された。
それによって失う物もあったが、それ以上に恩恵は大きかった。
「当時の村は外界との完全な断絶によって廃れる一歩手前のところまで来てしまっていた。
中でも村人同士の結婚による親近婚は、子供の知能を低下させ、病気に弱い肉体を持たせた。
国の認可が下りていないためまともな医療機関は存在しなかった。そういった問題も三十年前、殆どが解決の糸口に向かった。
「が、ここまで説明して解る通り、この村は三十年前まで未開の村だった。
文化の発達も遅れていて、未だに電気の普及がされていない。車で屋敷に着くまでの道程で電柱もなかっただろう。
気づかなかったか?
「そんな未開の村にはもちろん、法律が存在しなかった。だからといって犯罪率が高かったわけではない。
逆に平和そのものだった。法律に代わって存在する村のしきたりは、法律なんてものよりも余程効果があるからだ。
「なにせ破れば死ぬ。
「村育ちではないお前には理解できないかもしれないが、未開の村で暮らすということは、村人に嫌われることが死に繋がる。
「しきたりは、絶対だ」
「村のことは大まかに知れただろう。念頭に置かなくてはなならないのは、この村はお前が育った社会とは違うということだ。
その上でお嬢様のことを話そう。
「お嬢様は産まれた時から使命を持っている。
それは村を護るために産まれてきたという使命に他ならないが、代代当主や奥様とは訳が違う。
「屋敷の家系に産まれれば、長男であろうと次女であろうと村のために尽くし村に骨を埋めることがしきたりとして定められている。
だが例外もある。
「百年に一度、屋敷の血を山神に与え、村の繁栄を願って祭が行われる。
「この村は見ての通り山に囲まれている。こんな地形で山神様の怒りに触れれば村はひとたまりもない。
だから百年に一度、上等な生贄を捧げている。
「お嬢様は、つまりそういうことだ。
「百年に一度の生贄になるために産まれたお方だ。
だから、外の世界をこの村の者よりも知らずに育ち、外の世界の考え方も知らずに育ち、生贄であるという事実に一変の迷いも考えない。
「他に、知りたいことはあるか?」
俺は大口を開けてつい笑った
いやいや、笑うしかないだろ?
だってのに黒服も奥様も真面目な顔してなんちゃってと言ってくれない
言われても困るってほどの真面目面だけど
だから次第に笑い声は枯れていき、心ん中が空っぽになった気がしていた
「嘘だろ」
折角今まで取り繕っていた仮面もどこかに忘れてしまったようだ
「本当だ」
「いやいや、おかしいだろ。いま西暦何年か知ってるか? 俺は田舎に来ただけで、タイムスリップした覚えはないんだって」
「だが真実だ」
「百歩譲って村のしきたりとか、そういうの田舎の村ならあんのかな。村八分って言葉があるぐらいだもんなで済ませられるけどさ、生贄ってなに? 山神? 馬鹿じゃねえの?」
「それはお前の価値観だろう」
「そういう……そういう問題じゃねえだろ!」
怒りを発散するなんていつ以来だったろう
最後に喧嘩したのは、高三の時だったっけ
どうしようもなく腹が立って友に喧嘩を売ったんだっけな
でも、怒りってこんなに……こんなに胸の苦しい気持ちだったか?
「大体、そうだ、なんかおかしいと思ったら……黒服(おまえ)、解ってるよな。さっきの説明の仕方だと、この村がおかしいって解ってんだろ?
他の村とか市とか国とかと違うって知ってなきゃ、説明なんてできないもんなあ!」
「それはお前の解釈が間違っている。俺は確かに他の都市を知っているし、それらと比べて話をしていた。
その方がお前にわかりやすいだろうと思ってな。しかし、この村がおかしいとは思っていない。ただ他の村と違うだけだ」
「生贄を捧げるとか、山神信仰だとか、それが普通だって言うのかよ!」
「この村にとっては普通のことだ」
「そんな馬鹿な話が……」
どうしてここまで腹を立てているか、興奮しながらも冷めた部分が知っていた
というよりも、怒りの原因を知っているからこそ怒るしかなかったのかもしれない
どれだけこの村が馬鹿なことを言ってようと、間違ったことをしていようと、俺が正しかろうと、問題なのはそこじゃなかった
生贄も山神も当然のことだと信じてしまっている村人がいる
どれだけ馬鹿げたことだろうと信じてしまっている彼女がいる
俺は真実ってのを勘違いしていた
あれは物事の本質を表してるんじゃなくて、信じるから真実なんだ
そこに本物なんて必要なかった
だから彼女にとっては山神も生贄も自分が死ぬことも檻に閉じ込めらて育てられたことも、何一つおかしなことのない、何一つ不自由なことのない、当たり前のことなわけだ
嘘みたいな話だろ?
でも笑えねえんだ、真実だから
彼女は死んじゃうんだから
「……あんた、彼女のばあちゃんなんだろ。なんとも思わねえのかよ、孫が生贄になって」
婆は顎をくいと動かして黒服に命じる。察したのか、黒服が口を開く
「そんな小さなことを気にしていては村は護れない」
「てめえの口で言えよ!」
俺の怒りは限界を超えていて、自然と手が婆の胸ぐらを掴んでいた。殴るつもりはないが、優しくなれる気もしない
「彼女を育てたのはあんたか」
「だったらなんだ?」
まるで怯えのない瞳は胸ぐらを掴まれても尚、力強い
「だったらなんだ、じゃねえ! あんたは血の繋がった実の孫を殺してなんとも思わねえのかって聞いてんだよ!」
「阿呆が。血があろうとなかろうと、しきたりが村の全てだ」
「だから彼女を機械みてえに育てたんかよ!」
「機械なぞに育てた覚えはないわ。お前も知っておるだろう」
「感情が豊かだとかそんな話をしてんじゃねえよ! 生贄になる運命だって教えて、それを受け入れさせるように仕向けたんだろ!」
婆はなにも答えなかった
俺の言葉は伝わらない
想いがちっとも伝わらない
別の世界の考え方だから、伝わるはずがなかったんだ
怒鳴り散らして、訳も分からず泣きそうになるけど、この二人に涙なんて見せたくない
歯を食いしばって睨みつける
「……なんの用だったんだよ」
そして、俺はようやく聞いた
「なにも知らなかったのなら言うまでもなかったが、まあいい。あれに二度と近づくな」
「……あれって、言うんじゃねえよ」
なにからなにまで好きになれない婆だ。こんな奴、本当にいるんだなって驚きを通り越して感動しそうだ
「行け」
婆の言葉に黒服が俺の腕を掴みあげて、問答無用で部屋から連れ出された
俺は抵抗することなく黒服に付いていく
あんな奴になにを言えばいい。なにを言っても意味がない
こいつも同じだ
「ちょっとでもあんたを信用した俺が馬鹿だった」
黒服はなにも答えない
誰もなにも答えない
三十年前に日本に認められたらしいこの土地は、俺にとって別世界だ
ってかさ、狂ってる。だろ?
「遅かったですね」
彼女は俺を迎えてくれた。その口ぶりからなにかしらの理由で俺が呼ばれたということは伝わっているのだろう
開口一番、聞きたいことがあった
とても小さな希望だということは知っていた
「生贄になって死ぬことが恐くないんですか?」
そんな俺の問いに彼女は呆気にとられたようだけど、すぐに返事をした
「生贄になって皆を護れるのですから、嬉しいに決まってるじゃないですか」
普段通りの可愛らしい笑顔
俺はなにも言えなくなった
彼女と門の外に出た俺は黒服のベンツを待っていた
気づけば陽は沈んでいて少しばかり肌寒い
くしゅんと彼女がくしゃみをしたので、上着を貸してみた
「ありがとうございます。暖かいです」
まるで普通の女の子のように振舞うけど、彼女は俺とは別世界の人だ
似た考え方をする同じ体の造りの生き物
ある意味で、シンナーやドラッグで頭のイカれた連中とよく似ている
ただし、あいつらは薬によって狂っていた
彼女は根っから狂っている
俺にはとてもじゃないが、犠牲となって死ぬことに一握りの疑いもないってことを理解できない
受け止められない
否定しかできない
俺はどうすりゃいいんだろう
自分よりも小さな身長の
肩の上まで髪のある
儚いという印象が強い女の子は
俺の横で白い息を手に吐いて
上目遣いでもう冬ですねと呟いた
その視界に映ったのだろうか
ほらっほらっと俺の腕を掴んで空を指差す
俺の住む田舎よりもずっと澄んだ空気が
満天の星空ってやつを見せてくれた
彼女は自慢げに綺麗でしょう? と俺の腕に手を回す
貴方と見ることができてよかったと普通の女の子のように言葉を漏らす
本当に俺はどうすりゃいいんだろう
どこまで普通っぽいことを言っていても根っこがおかしいから
彼女は自分に従って死んでしまう
その考え方に一種の恐怖すら覚えるってのに
好きだって気持ちは失くならない
死んでほしくないってぐずりそうだ
気づけば彼女を抱きしめていた
けれど、好きだと伝えることはできなかった
今回の妄想色が強すぎて見限る人が出てきてもおかしくないなwww
寝るwww
巫女いや付護か
贄になるリミットは何時なの?
海水浴で会ったならコレは去年の話だろ
彼女を助けたい優先なら話は簡単だろ、資格を無くせば良いだけ
村の事は知らんが
妄想だよ・・・な・・・?