キャンプへ行った妻 vol.12

ノンジャンル体験小説スレより
72: 投稿者:不甲斐ない夫 投稿日:2011/09/12 00:26:55

ここのところの精神状態は、急激な上がり下がりを繰り返すジェットコースターのようなものだ。
浮気の事実を突きつけられ、平穏な家庭から、一転地獄に突き落とされて、途方に暮れたかと思えば、
奪われたものが惜しくなって、また取り返したくなった。
それは、いったん取り返したかに思えたが、また、すっと手元を離れて、逃げられてしまう。
これから、どうすべきかと迷いもしたが、今度は、寛容さを示して受け入れようと試みた。
それは事実、成功したかに思えたし、心は、まだ私にあると確かめることもできた。
しかし、やはり納得はしないのだ。
どうしたって、心は納得してくれない。
なぜ、私の妻であることだけに我慢ができないのか。
なぜ、昔のように私だけを見ようとしないのか。
なぜ、こんなガキをかばうのか・・・。
始まりはどうであれ、あいつの心は変質してしまった。
豹変してしたと言ってもいい。
いったい、あいつの真意はどこにある?
本当の心は、誰にある?
今の私には、そればかりが気掛かりでならない。


ファミレスから、サトシに電話を掛けさせた。
シュンとテッペイの二人にだ。
二人とも大学に行っていた。
学生なのだから、当たり前のことだ。
サトシだけが、暇を見つけては、バイトに明け暮れている。
あまり優秀な生徒ではないのだろう。
もしかしたら、心変わりしないように妻を監視しているのかもしれない。
それとも、新たな獲物でも物色しているのか。
大事な話があると、サトシには、それだけしか言わせなかった。
もちろん、私のことは伏せさせた。
二人が履修している講義は15時に終わるという。
16時に、テッペイのマンションで落ち合うことになった。
まだ、待ち合わせまでには、2時間ほどの余裕があった。
サトシは、ケータイを閉じると、安堵したのか、冷めきった飯を食べ始めた。
金はいらないと言ったことが、彼をすっかり安心させたようだった。
3人になれば何とかなるかもしれない、などと腹の中では、高を括っているのかもしれない。
さっきまでの慌てふためく姿は、すっかりなりを潜めて、サトシの食欲は旺盛だった。
タバコを吹かしながら、まんじりともせず、目の前の子供を眺めた。
確かに、男前の顔立ちはしている。
背も高く、この男に心惹かれる女は多いのだろう。
だからこそ、わからない。
なぜ妻なのだ?
なぜ同年代の若い女たちではなく、なぜ年上の人妻なのだ?
「なあ・・。」
理由を聞いてみたくなった。

「ふぁい・・。」
口に詰め込んだまま、サトシが顔を上げた。
「君が、私の妻を選んだ理由はなんだ?」
煙を吐き出しながら訊ねた。
口の中のものを飲み込むと、サトシは答えた。
「理由・・ですか?やっぱり、きれいだから・・だと思いますけど・・・。」
亭主の前で、狙いを付けた理由を語るのは、さすがにはばかれるのか、サトシはバツが悪そうな
顔をしていた。
「きれいだけなら、他にも居るだろう?
君ならば、同い年くらいの子だって、幾らでも口説き落とせるんじゃないか?」
「はあ・・でも、あいつ等、金が掛かるから。」
単純明快な答えだった。
「人妻は、金が掛からないか?」
「ええ・・まあ、そうですね。
どこかに遊びに連れて行けとか言わないし、プレゼントとかも、そんなに気にしなくていいし・・・。」
「金が掛からない、手頃な女だったから、俺の女房を選んだわけか?」
「いや、それだけじゃないですけど・・・。」
「女房程度の女なら、他にも居ただろう?」
妻から聞いた話では、配送センターには、日替わりで30人程度のパートタイマーが居るということだ。
ほとんどが、人妻であり、20代から50代までと幅広い。
だが梱包や仕分けの作業は、意外な重労働らしく、いざ働き出しても、歳の行った主婦たちは、
すぐに根を上げて消えていくのだそうだ。
だから、会社側でも、できるだけ若い主婦を選ぶ傾向があるらしく、まだ37歳ではあるが、
古くから働いている妻などは、もはや古参の古株にあたる。
残っているのもほとんどが、若い人妻ばかりということだから、妻よりも若い人妻など、あの職場には
幾らでも居たはずだ。

「奥さん、やさしかったんです・・。」
サトシが、目の前の皿をじっと見つめながらつぶやいた
「やさしかった?」
「はい。すごく気遣いのしてくれる人で、たまに弁当なんかも作ってきてくれて・・・。
俺が、金のない学生だって、知ってたから・・。それが、すごくうまくて、うれしくて、それで・・。」
「好きになったわけか?」
「はい・・・。」
はい、と答えたときだけ、私の目を見た。
その表情に、嘘はなさそうだった。
「そのわりには、ずいぶんと非道い扱いをしているじゃないか。みんなに輪姦させたり、脅したり・・。
今日だって、あいつをメス豚と呼んでいたが、好きな女に言える言葉とは、とても思えんがな・・・。」
好きなわりには、やっていることはデタラメだ。
私がそう切り返すと、サトシは返す言葉がないかのように俯いた。
しばらく、俯いたままだった。
「なんか・・思ってたのと、違って・・・。」
また、俯きながら答えた。
「違うって、何が?」
「最初は、やさしいし、きれいだし、こんな人が彼女だったら最高だ、なんて思ってたんですけど・・・。
その・・・、なんか違うって・・すぐに思えてきちゃって・・・。」
「違うって、何が?」
「ご主人の前で、なんですけど・・・あんなふしだらな人だとは、思ってなかったから・・・。」
「それは、お前たちのせいだろう!?お前たちが、私の妻を変えてしまったんだ。」
そうだ。こいつ等が私の妻を変質させた。
こいつ等さえ居なければ、彼女はまだ、貞淑な人妻で居られたはずだ。
「確かに、僕たちのせいもあるかもしれないけれど、でも、それだけじゃ、ないような・・・。」
「なにが?」
サトシは、しばらく考えるような顔つきになった。
「あの、たぶんですけど・・・。」
「なんだ?」
「奥さん、虚言癖があると思います。」
「虚言癖!?」
「ええ・・・。じゃなきゃ、二重人格か・・・。」
言うに事欠いて、盗っ人猛々しいとは、このことだ。
「何をばかなことを言ってるんだ。」
あいつに限って、虚言癖などあるわけがない。
ましてや、二重人格など、映画やドラマの見過ぎだ。
「でも、やっぱりそうとしか思えないです。
マンションに行って、みんなでしているところを見たらわかります。
これが、同じ女性なのか、って思えますから・・・。」

「だから、それはお前たちが!・・・。」
「奥さんが!」
怒鳴りつけようとした私を、サトシが遮った。
「奥さんが、ずっと不倫してたって、知ってますか?・・・。」
じっと、私の目を見つめていた。
「ああ!?」
意外な問いかけに、一瞬脳が麻痺した。
「不倫だと?・・・。」
「ええ、奥さん、ずっとうちのセンターの上役と不倫してたんです。
やっぱり、知りませんでしたよね。」
「そんなばかなこと・・。」
「僕も初めて聞いたときは、そう思ったし、あの奥さんからは意外だったから、驚きもしました。
でも、本当のことです。奥さん自身が、僕に教えてくれたことですから。」
「あいつが君に教えたって?」
「はい。奥さんが僕に教えてくれたんです。奥さんが避妊リングを入れてるって、知ってますか?」
「あ、ああ・・。」
こいつ等が、長く弄ぶために、妻に避妊リングを入れさせた。
「その時に、僕に教えてくれたんです。
その上役と、ずっと不倫してたらしいんですけど、途中で子供ができちゃったらしくて、
そんなのは面倒だから、次は失敗しないように避妊リングを入れたいって。
なんか、前はピルを飲んでたらしいんですけど、身体に合わないらしくて、頭が重くなるから、
それで飲まなかったら、失敗しちゃったって、奥さん笑ってました。
それで、ピルの変わりに今度は避妊リングを入れたいから、遊びたいならお金を出してくれって、
奥さんにそう言われたんです。
避妊リングを入れたら、好きなだけ中出しできるわよ、って奥さん楽しそうに笑ってました・・・。
そうされた方が奥さんも好きみたいです。
でも、僕は、そんなお金なんかなかったから、友達に相談してみるって言ったんです。」
友達とは、おそらくテッペイのことだろう。
「そうしたら、奥さん、なんて言ったと思います?
お金を出してくれるなら、その子にもさせてあげるから、って言ったんです。
その方がお金も借りやすいでしょ、って・・・。
なんか、それを聞いたときには、もう、イメージが崩れちゃって、ほんと、裏切られたって感じです。
だから、途中からは、どうでもよくなっちゃって、それで・・・。」

なんだそれは?
まったく、妻の言っていることと違うではないか。
サトシの話には、正直戸惑いを覚えた。
真っ向から、その話を信じたわけではなかった。
だが、今の話の中で思い当たることがないわけでもなかった。
妻は、よく頭が痛いと、こめかみを押さえていることが多かった。
食事の最中や、ちょっとした時にも頭を痛そうにしているので、病院に行けと言ったことがある。
妻は、大したことじゃないから心配ない、といつも笑って答えるだけだった。
だが、はじめから頭痛の原因がわかっていたのなら、病院へなど行くはずもない。
「その上役とは、まだ付き合いがあるのか?」
唇が、かさかさに乾いていくのがわかった。
「いえ。去年、異動になって、それで別れたみたいです。」
そして、今度はこいつ等というわけか・・・。
上役との不倫だけでもなくなっていると聞いて、ホッとしたのも束の間、今度は、寒いものが
背中を走り抜けた。

「何年くらい関係があったんだ?」
不倫の間に子供ができたと言っていた。
妻が、今の職場に働き出したのは6年前だ。
「さあ・・・詳しいことは知りませんけど、長かったみたいです。
勤め始めて、すぐに関係を持つようになったって、言ってましたから。」
勤め始めてすぐと聞いて、恐ろしい考えが頭の中に生まれた。
「途中で、子供ができたと言ってたが、その子供は?」
堕ろしているのなら、まだ救われる。
だが、そうでないのなら・・・。
私の顔つきを見て、サトシは悟ったようだった。
ひどく困ったような顔をしていた。
こんな時でも、サトシは私を気遣っていたのかもしれない。
視線は右へ左へと流れて、決して私の顔を正面から見ようとはしなかった。
「その子供はどうしたんだ?堕ろしたのか!?」
厳しく詰問するように訊ねていた。
叱責されて、ようやくサトシは、バツが悪そうに答えた。
「産んだって、言ってました・・・。
それで、3年近くも遊べなかったから、もうピルはこりごりだって・・・。」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
上の娘たちが幼稚園や小学校に通えるようになったのは、今から6年前だ。
自分の自由になる時間ができるようになると、妻は、すぐにパートを探し始めた。
その頃は、円高の煽りを食らって、我が社の成長も停滞していた時期であり、
課税ばかりが増えて、給与はいっこうに上がらず、娘たちへの出費もかさむようになって、
苦しくなってきた家計を助けるために、妻は、働きに出ることを考えたのだ。
そこに、タイミングよく、あの配送センターが完成した。
すぐに募集に応募したのは、言うまでもない。
似たような環境であったママ友の奥さんたちと連れだって、何人かで面接に向かい、
二人とも合格したときには、満面の笑みを浮かべて喜んでいたものだ。
だが、勤め始めて1年もした頃に、妻が三女を身籠もった。
やむなく一度は辞めはしたものの、また三女が学童保育に入れるようになると、
妻は、同じ職場に復帰して、現在に至っている。

しかし、今考えれば、そこには解せないことがある。
いくら経験者とはいえ、妻の復帰はあまりにも簡単すぎた。
面接も何もせず、電話一本だけで事足りたのだ。
それは、私自身が隣で聞いていたのだから、間違いのない事実だ。
妻は、私に仕事への復帰を相談したとき、居間の電話から職場へと掛けた。
知り合いであるらしい上役の名を告げ、彼に取り次いでもらうと、また戻りたい旨を伝え、
それは呆気なく承認された。
すぐに仕事が決まって、喜んでいたこともあり、その時の私は、あまり深くも考えもしなかった。
だが、昨今の不景気で競争率は高かったはずであり、ましてや、妊娠という、個人の勝手な事情で
戦列を離れた妻を、企業側が簡単に受け入れたことは、今思えば、どうにも理解しがたい。
妊娠などというのは、防ごうと思えば防げる事象であり、生産を計画する企業側としては、
迷惑なことこの上ない身勝手な行為でしかない。
だから、通常であるならば、出産によって職場を離れた者は、いったんその職を離れたら、
容易には戻ることが許されない仕組みになっている。
企業側は、あてにできない戦力と評価して、再雇用するなどは、余程のことがないかぎり無理な話なのだ。
だが、妻は、それを呆気ないほどにやってのけた。
不倫の関係にあった上役のコネを使ったと考えれば、それも納得できる。
もしかしたら、あの時応対に出た上役が、不倫の相手だったのかもしれない。
そして、妻は、その不倫相手の子供を身籠もった。
何食わぬ顔で出産し、その子を私に育てさせたのだ。

サトシの話が事実ならば、そういうことになる。
悪寒とも痺れとも言えない震えが、身体に取り憑いていた。
サトシは、言うだけ言ってしまうと、また何事もなかったように飯を食べ始めた。
虚言癖、二重人格という言葉が、ぐるぐる頭の中を巡った。
あれほど、何事もなかったような顔で、今まで普通の生活をし、私たちを騙し続けていたのなら、
まさしく妻は異常な虚言者であり、二重人格を疑われても仕方のない性格をしている。
いったい、誰が真実を話しているのだ?
私は、誰を信用すればいいのだ?
もう、私には、何がなんだか、わけがわからなくなっていた。




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