泣ける話スレより
1: 投稿者:通りすがり人 投稿日:2013/10/05 23:32:21
去年の暮れに結婚式に出た。
新郎が俺のヨメの親戚筋で、新婦は東北から来られた方。
ちょっと長いけど、これはそのふたりのエピソード。
震災絡みだが、ちょっといいお話しなので書いてみる。
創作(想像)部分もかなりあるが、本筋はほとんどこんなもん。
これは嘘偽りのない真実のお話。
新郎と新婦が知り合ったのはメル友サイト。
新婦が募集したメル友相手に新郎が申し込んだ。
とても健全で優良なサイトだったが、無論ふたりとも実名は使わずに名前はどちらもハンドルネーム。
新婦は「アザミ」
新郎は「タフボーイ」
アザミは、うら若き独身女性だったから、もちろんたくさんの応募があった。
中からタフボーイを選んだのには理由がある。
アザミは、子供の頃からの夢を叶えて幼稚園の保母さんになった。
その幼稚園で近々子供たちと春の体験学習に出掛ける予定があり、遠足に持っていく水筒を買いに出掛けて、見つけてきたのが「タフボーイ」
ステンレス製のオーソドックスなボトルタイプだったが、見た目はごつくていかにも頼りがいのありそうな頑丈なデザインが気に入り、本来ならお洒落を優先させるところをアザミはその水筒を買ってきた。
それは、おそらく神様の啓示だったのかもしれない。
その夜、メル友サイトを開いて偶然見つけた同じ名前。
運命の悪戯かはわからないが、こうしてアザミは彼に興味を持ち、ふたりのメールのやりとりが始まった。
同じ頃に始めた何人かのメール相手がそのうち自然消滅してしまったのに対し、タフボーイとのメールだけはなかなか切れずに長く続いた。
タフボーイは不思議な男で、どれだけメールのやりとりを繰り返してもアザミに会おうと言わなかったし、自分の考えを押しつけるようなこともしなかった。
何気ないメールにもちゃんと返事をくれて歳が同じせいか趣味も合う。
時々メールが長く返ってこないこともあったが、それでも何日かを過ぎると必ずメールは返ってきた。
何をしていたのか訊ねると、「空を飛んでいた」とか「海に潜っていた」とか「ご飯を食べられなかった」とか、おかしな内容ばかりで、意味不明なメールにアザミはからかわれているのだと思っていた。
でもタフボーイとのメールは不思議と心地よくて、いつしか彼からのメールを待っている自分がいることにもアザミは気が付いていた。
一年近い交信をつづけ、その間に恋愛の相談などもし、結局成就はしなかったけれど彼の誠実な人柄に惹かれて、いつしかアザミの中でタフボーイは大きな存在になっていった。
そして彼女が勇気を振り絞って、今度会いませんか、とメールを打ったその日、あの大地震が起こったのだ。
その日、彼女は市立の図書館にいた。
子供たちに読み聞かせる絵本を探しに行っていたのだ。
その図書館は、近代的な最新型のビルで、2階までの部分が図書スペースになっており、その上から最上階の7階まではとある大学の研究施設になっていた。
モダンな中空の1階から吹き抜けになっている2階のブースは開放的で見晴らしもよく、彼女は選んだ絵本の中身を確かめるために2階のロビーに座ってページを捲っていた。
そのときだった。
不気味な地鳴りが聞こえ、直後に襲ってきた大きな揺れ。
「3・11」
東日本大震災の始まりだった。
瞬く間に立っていることも出来なくなり、あっという間に体は投げ出されて彼女は床の上に倒れ込んだ。
たくさんの悲鳴の後にものすごい破壊音が聞こえて、下を覗くと2階部分の一部が崩落して玄関を塞いでいた。
揺れは長くつづき、近代的な中抜きの吹き抜け構造が仇になったのか、他の2階部分も徐々に崩落を始め、上がってきたはずの階段が崩れ落ちていくのを見たとき、アザミは本能的に3階へと上がる階段を駆け上がっていた。
その咄嗟の判断が彼女の命を救った。
2階部分はものの見事に崩落して、7階建てのビルは1階から3階の天井が丸見えになる状態になったそうだ。
アザミは夢中で階段を駆け上がりながら、隠れる場所を必死に探した。
それは人間の本能がそうさせたのかもしれないが、地震の恐怖から逃れるため、アザミはたまたま目に入った清掃用具を仕舞うロッカーに飛び込んだ。
怖さに身体を震わせながらロッカーから出ることも出来ず、何度目かの余震に泣いていたときだった。
大きな破壊音とともに何かが倒れ込んできて、アザミはロッカーに入ったまま瓦礫の下敷きになってしまった。
倒れたときに強く頭を打ったらしく、気を失って次に目覚めたときは遠くにサイレンの音が聞こえていた。
辺りは真っ暗で、なぜか水の音がしきりに聞こえるのが不気味でならなかった。
自分がロッカーの中に閉じ込められていることも最初はよくわからず、ようやく事態を思い出して大きな声で叫んでみたが答えてくれるものは誰も居なかった。
崩れた瓦礫でロッカーの出口は塞がれてしまったらしく、斜めになったままどんなに叩いたところで扉は開いてくれなかった。
水の音は徐々に近づいてきて、やがて足元からアザミの体を濡らしていった。
確か3階に逃げたはずなのに、なぜ下から水が入ってくるのかまったく理解できなかった。
どこまでも水は上がってきて、アザミは暗いロッカーの中で泣き叫びながら、このままここで死ぬのだと覚悟した。
しかし、運良く肩から上を残したところで、かろうじて水位は止まってくれた。
今度は徐々に水が引いていき、やがて水の音も小さくなったが、その次にやって来たのは恐ろしいほどの静けさだった。
どんなに叫んだところで誰も返事をしてくれない。
耳を澄ませば遠くにヘリやサイレンの音がかすかに聞こえるものの近くに人の気配はまったくない。
いったい何が起こっているのかわからないまま、親を思い、園の子供たちを心配し、何も出来ない自分に泣き疲れ、いたずらに時間だけが過ぎてアザミは3日間もの間、そのロッカーに閉じ込められることになった。
恐怖と水に濡れて冷えた体が災いしたのか、そのうちアザミは意識がかすれ、ぼんやりとすることが多くなった。
思考が鈍くなり意識が朦朧として声を出す気力も失ったアザミは、このままここで朽ち果てるのをおぼろげに覚悟した。
途切れそうになる意識の中で色々なことを頭の中に思い、最後の最後に浮かんだのは、なぜか親でもなければ自分を慕ってくれた子供たちでもなく、最後にメールをした相手、タフボーイだった。
そういえば返事を確かめてなかったことを思い出して、アザミは窮屈なロッカーの中で身体をひねりながら履いていたジーパンのポケットからなんとか携帯を取りだした。
まず、ここでひとつ目の奇跡が起きる。
震災のあった日の午前中、アザミは携帯電話を小さなビニール袋に入れていた。
翌日予定されていた春の体験学習で屋外に出掛けるため、荒天用に準備していたジップロックのサイズが携帯と合うか確かめていたのだ。
以前、同じような遠足の時、ずぶ濡れの雨に当たって携帯を駄目にしたことがあった。
そこから学んだ知恵だった。
アザミは、携帯を袋に入れたままジーパンのポケットにしまい、あの日、図書館を訪れていた。
ビニール袋から取りだした携帯を開くと幸いにも濡れてはおらず、小さな窓に灯りも点いた。
真っ暗な空間の中に浮かんだその光はまるで神の救いのようにも思えた。
だが、無情にも小さなディスプレイの中に映ったのは「圏外」の文字。
地震と津波で基地局が軒並み壊滅しているなど閉じ込められているアザミにはわかるはずもなかったが、未曾有の震災に見舞われたのが原因だろうとは予想がついた。
結果は薄々わかっていたが誰かに電話を掛けずにはいられなかった。
しかし案の定、誰に掛けたところで繋がるはずもない。
おそらくメールも同じであろう。
だから、彼女は受信フォルダーを開かなかった。
携帯電話の電池も残り少なかった。
望みが薄くなると、途端に意識が朦朧として携帯を握っていることさえ辛くなり、彼女は最後の気力を振り絞って、狭いロッカーの中で短いメールを作った。
「会いたかった」
タフボーイに向かって打った、たったそれだけの短いメール。
親でもなく友達でもなくタフボーイにメールを打ったのは、その時の彼女の中で、「そうしろ」と何かが働きかけたからだ。
それがなんであったのかはわからない。
ぼんやりとした意識の中で彼女は送信ボタンを押した。
届くかどうかもわからない。
けれどメールならば、いずれはタフボーイに届く気がする。
自分の気持ちを教えたかった。
だから、彼女はメールを打った。
携帯電話のディスプレイから徐々に光が消えていくと同時に彼女は目を閉じた。
そのまま深い闇に吸い込まれるように意識は閉じかけていた。
とても眠くて、そのまま眠ってしまえば、次に目覚めることは永遠になかったのかもしれない。
意識が薄らぎ始め、このまま眠って楽になりたい、そんなことまで考えた。
その時だった。
諦めようとする彼女を叱るように手の中の携帯が震えた。
耳に聞こえた軽やかな音色。
届くはずのない電波なのに確かに携帯が何かを受信している。
驚いた目で見つめる小さな窓に再び光が蘇り、明るさの戻ったディスプレイに浮かび上がったのはメールの着信を知らせる文字だった。
その発信者の名前を見て驚いた。
小さな窓に現れたのは、なんと「タフボーイ」の文字。
驚いて声も出なかった。
恐る恐るアザミは受信ボタンを押した。
「声を出せ」
え?
たったそれだけの短いメール。
初めは、なんのことかもわからなかった。
すぐさま再び携帯が震えて、また軽やかな着信音を奏でた。
慌ててメールを開くと、またもや「大きな声を出せ」と意味不明の内容が書かれてある。
タフボーイはいつも意味不明なメールばかり送ってくる。
でも、この時のアザミはタフボーイを信じた。
メールが指示する通り、最後の力を振り絞って彼女はあらん限りの声で叫んだ。
そして聞いたのだ。
あれほど泣いても聞こえてこなかった人の声を。
確かに聞こえてきたのだ。
まったく気配のなかった空間に慌ただしく近づいてくる人の足音を。
それは一人ではなく、何人もの足音が重なっていた。
瞬く間にたくさんの怒鳴り声が近づき、慌ただしく瓦礫が撤去される音が聞こえだすと、やがてロッカーが起こされ、あれほど開かなかった扉が開かれた。
そこに待っていたのは、想像もしなかった明るい光に満ち溢れた世界。
その清々しい光の中で、アザミを心配そうに見おろす青年がいた。
「大丈夫か?アザミ」
彼の声は、外の光と同じように胸に染み通るほど清々しかった。
初めて聞いた声なのに、なぜかその声に不思議な懐かしさを覚えてならなかった。
アザミという名はごく一部の人しか知らない。
それはメル友だけに使うハンドルネーム。
アザミには、彼が誰なのかすぐにわかった・・・。
その日、タフボーイはアザミの閉じ込められた図書館のすぐ傍にいた。
しかし、彼はこの地に住む人間ではない。
彼が住むのは、遠く海をひとつ隔てた最北の地「北海道」
そこで彼は人を助ける仕事をしている。
「航空自衛隊特殊救難団」
空を駈け、海に潜り、ときには飢えと闘いながらサバイバル訓練に励む若き航空自衛官。
救難最後の砦と呼ばれるスーパーレスキュー部隊が彼の職場で、そこで彼は「メディック」と呼ばれる特殊救難員をしている。
メディックは、嵐の海でも、極寒の雪山でも遭難した人々を助ける救助のプロだ。
それがタフボーイのお仕事。
あの日、タフボーイたちは地震の発生からすぐに被災地へとヘリで向かった。
現地に到着すると、すぐさまリベリングと呼ばれる特殊技術でヘリから要救助者の救出に明け暮れ、アザミがメールを打った運命の4日目、タフボーイは燃料を補給するために基地へと帰投するヘリから降りて、救助者の捜索に当たっていた。
本来なら、自分たちもヘリと一緒に帰って休憩を取るはずだった。
だが、あまりに悲惨な被災地の状況が彼や彼の仲間達に休むことをさせなかった。
3日間、不眠不休の救助活動が続いていた。
彼らにはそれが出来るし、そのための訓練もしていた。
救助のプロであると同時に彼らはサバイバルのプロでもある。
疲れ切った体に鞭打ち、自らを奮い立たせ、燃料を補給し終えたヘリが戻ってくるまでのわずかの時間でさえ、彼らは救助者の捜索に時間を費やした。
災害時、救命に必要とされる時間は72時間とされている。
それを過ぎると失われる人命が桁違いに増えていき、逆に生存の可能性は分刻みで減っていく。
その救命に必要な時間が間もなく過ぎようとしていた。
時間を気にしながら、一分一秒を惜しんで彼らは救助者の捜索に当たり続けた。
そして、今にも崩れそうになっているビルのすぐ傍までやって来たとき、ふたつ目の奇跡が起こったのだ。
鳴るはずのない携帯電話。
それがタフボーイの胸ポケットの中で震えた。
携帯が着信を知らせたとき、タフボーイにはそれがアザミからのメールだとすぐにわかった。
アザミのメールには専用の着信音を使っていたからだ。
それが鳴った。
彼女が東北の人だということは知っていた。
だから、気掛かりでもあった。
しかし、個人的な事情で部隊に迷惑を掛けることは出来ない。
アザミを気に掛けながらも、タフボーイは自分を必要としている人たちのために自分の仕事をまっとうし続けていた。
メールが届いたときはすぐには理解できなかった。
すでにこの地域一帯で携帯電話が不通の状態にあったのは確認済みだった。
その携帯が鳴った。
メールを開くと「会いたかった」とあった。
短いメールだった。
その前に「今度、会いませんか」と誘いのメールが送られていた。
だが、これは同じ「会いたい」でも、その意味合いが違う
タフボーイには、それだけの短い文章ですべてを察することが出来た。
この非常時下でこんなメールを送ってくるなど、彼女に何か異変が起こっているとしか思えない。
おそらくは生命の危機に瀕しているのではないか。
送られてきたメールにはそれを察しさせるに十分な力があった。
普通なら焦る。
だが、彼は冷静だった。
そのための訓練を嫌と言うほどやって来ていた。
空を見上げた。
どうやってメールは飛んできた?
すぐ隣のビルの屋上に大きなパラボラアンテナが立っているのが見えた。
おそらく、それはなんらかの電波を受信するためのアンテナなのだろう。
メールを送受信するためにはサーバーが必要になる。
そして強力な発信基地も必要になる。
おそらく、あのアンテナを介してメールが送られてきたのではないか。
見渡すかぎり津波と地震で崩壊した街の中に、そこ以外現存するアンテナらしきものは見あたらなかった。
ならば彼女は、あのアンテナのすぐ近くの場所にいるのかもしれない。
それは感でしかなかったが、なぜかその時のタフボーイは確信めいたものがあった。
タフボーイは、外壁の剥がれ落ちたビルの中に走り込んだ。
あのパラボラアンテナが立っているビルの中だ。
入り口を塞ぐ瓦礫の中にわずかな隙間を見つけて中に入り込むと、そこには濡れた本が無数に散らばっていて、元は図書館だったとわかった。
タフボーイは、周りを見渡しながら動くものがないのを確かめると、すぐにメールを返した。
メールで、「声を出せ」と指示をしたのだ。
半信半疑だったが、携帯はメールの送信完了を表示した。
やはりメールは送受信できる。
逸る気持ちを抑えながら、またメールを送った。
送った直後に今度は耳を澄ませた。
はるか頭上に見える天井から聞こえてきたかすかな音色。
そして、それに続いて聞こえてきた女性の助けを呼ぶ声。
ビンゴ!
すぐに仲間を呼び集め、ロープ技術を駆使して、はるか上方に見える3階の入り口を目指したのは言うまでもない。
あの時の登坂時間は、おそらく過去最高記録だったろうとタフボーイは自慢する。
初めて見たアザミの素顔は、タフボーイの想像をはるかに超えていた。
まじめ一辺倒の若いお兄ちゃんが、東北美人にやられた瞬間でもあった。
震災後の後始末やらなんやらで、結局、結婚まで2年以上もかかった。
結婚式のふたりは、本当に幸せそうだった。
きっと出会ったときのふたりがそうであったように最後まで信じ合って、良い家庭を作るのに違いない。
余談だが、彼女のメールを送ったあのパラボラアンテナは、結局、メールの送受信には関係なかった。
と、されている。
携帯電話は各社が独自の中継局を建てて、専用の回線以外では繋がらない仕組みになっている。
だから、あの関係のないアンテナがメールを送受信するはずもないのだが、なぜか一時的にあの一帯だけはメールが送れたそうだ。
しかし、アンテナを稼働させていた非常用電源が切れたあとは、再稼働しても、基地局が復旧するまで携帯はメールどころかまったく使えなくなった。
なぜ、あのときだけメールが使えたのかは今もってわかってない。
オカルト的な話しだが、人智を越えた奇跡があっても不思議ではないと思う。
偶然が偶然を呼び、奇跡が奇跡を生んだ。
そして、そんな奇跡の中で結ばれた若い男女がいた。
これは、そういうお話しである。
引用元サイト:ナンネット
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