自分語りスレです
書き溜めてあるのでさくさく載せてきます
アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人しても内心的なトラウマを抱えた人たちのことを言います。
アルコール中毒や虐待、過干渉など2ch的に言う「毒親」の影響で、幼い頃に正当な愛情を受けられず自己認知が歪んでしまい
大人になっても劣等感や生きづらさを克服できず苦しむ人たちです。
私の親は、特別変な人たちではありません。
外から見たら普通の家族。
一般的な収入がありおいしいご飯を食べられる、教育も受けさせてもらえる、暴力は一切ない優しい両親です。
でも、アルコール依存症で暴力を振るう祖父に育てられた父と、4人兄弟の末っ子にも関わらず家族の精神的支柱となり続けてきた母
2人とも、自身がアダルトチルドレンだったのだと思います。
また、おそらく発達障害家系でもあります。
自己認知が歪んだ両親に育てられた私は、いつの間にか自己認知が歪み苦しむようになりました。
父の正義感と母の完璧主義が、一番の理由だと思います。
10歳の時にはすでに「私はなんてダメな人間なんだろう」「生まれてくるべきではなかった」「いつどうやって死ねばいいのだろう」と考えることが当たり前になっていました。
こんな感じの人の腐った恋愛遍歴です。
仮名使用、フェイクあり。
記憶が曖昧で勝手に整えて書いているところもあるので、当事者さんが見てたらごめんなさい。
体は熟しておるのか?
>>3
熟しておるよ 美味しい時期かな
>>7
エッチな大人は今も好きです
初めての彼氏ができたのは、15歳の時でした。
県で一番の進学校に入学した私は、高校一年の秋には大きな理由もないのに不登校状態になっていました。
そこまでの過程で立派な腐女子に育っていたので、引きこもり状態でエロマンガ(BL含む)を読み漁る日々。
そんな私にも友達はいましたが、類は友を呼ぶというやつで
苦しむ私に、出会い系サイトで遊ぶ楽しさを教えてくれました。
当時は今よりも規制が緩く、15歳の女子高生ですというプロフィールにエッチな大人たちが群がってきました。
たくさんの大人の男の人とのメールは、その時の私にとって刺激的で楽しいものでした。
>>6
おっ、知ってる人かな
うん、見捨てられ不安症で周りに迷惑かけた
>>10
そうか、辛かったね。今も辛いのかな
その中で、ショウジさん29歳と毎日メールするようになりました。
理由は簡単、顔がタイプだったから。
ある日ショウジさんに、話したいことがある、電話してみないか、と誘われました。
初めての電話、嬉しかった。
声もかっこいいなぁ、話すと楽しいなぁって思っていました。
話したいことって何ですか、って聞きました。
俺と付き合ってほしい、と言われました。
はい、と答えました。
すると言いにくそうに、実は俺車イスに乗っているんだ、それでもいいかと聞かれました。
私は、 どうしてなのか、どんな状態なのか聞きました。
今思えばショウジさんの自業自得な事故が理由なのだけど、当時の私にはショッキングな話で
、とっても可哀想に思えて、それでもいいので付き合ってください、と言いました。
すぐに初めて会いました。
写真のままのかっこいい人が、車で会いに来てくれました。
色々話して、初めてキスをしました。
彼はキスが好きみたいで、何十分もキスしていたような気がします。
そして、初めてのフェラチオをしました。
元々いやらしいことに興味があったので、抵抗はありませんでした。
下半身不随の彼のものは、あまり大きくも硬くもならなかったけど、それでも勃起してくれていて
言われたとおりに舌や首を動かすと、気持ちいいよって褒めてくれました。
褒められるのが嬉しくて、私はフェラが大好きになりました。
ショウジがクズなのはわかった
>>13
スレ主含めクズしか出てきません
お前がクズなのはお前の責任じゃないから安心しろ
>>19
ありがと
何度か車内でキスやフェラをする逢瀬があり、その後一度だけ家に呼ばれました。
彼が車イスに乗っているのを初めて見ました。
その日初めてSEXをしました。
あんまりうまくいきませんでした。
私の上の彼は、腕を支えに体勢を保っていたけれど
疲れると私の鎖骨に乗せた顎に体重をかけてきて、もの凄く痛かった。
でも、そこに残った痣が嬉しかった。
そのあとすぐ連絡が取れなくなりました。
体を壊して入院するから、メールができないと言われました。
それがどういう意味なのか、その時は本当にわからなくて
本当に本当に心配で、何度も何度も数日おきにメールをしていました。
ある時から一切の返信がなくなって、生きているのかなって不安で、ついに自宅に電話をかけてしまいました。
お母さんが出て、ショウジさんの友人です、入院したと聞きましたが連絡が取れないので心配です、お具合いかがですかと尋ねました。
少し保留されて、本人が大丈夫だ、こちらから連絡するから待ってくれと言っていると言われました。
数ヶ月後、メールが来ました。
大丈夫だからもう心配しないでって。
もう会えないんですか、って聞いたら、体だけならいいよって、それだけのメールが返ってきました。
わかりましたって答えました。
それから何度か、彼に呼び出されてフェラさせてもらったけれど、すぐに会わなくなりました。
ショウジさんに会えない数ヶ月のあいだに、”入院”がどういう意味だったのか分かっていたので、代わりに会える人を探して出会い系に入り浸りました。
何人も会っては口で奉仕しました。
でも、みんな一度きりでした。
私が満足する何かをくれそうな人が、ひとりもいなかったから。
それでも、出会い系から抜けられませんでした。
>>18
若かったから辛かったね
今1は何歳なの?ACは克服したの?
>>21
1は今29歳だよ 克服したとは言えないけど、自分なりに頑張ってるよ
良かった。辛かったね。最後まで付き合うよ。
>>25
ありがとう そう言ってもらえると楽になるよ
そして17歳の冬に、ヨシユキさん32歳に出会いました。
ヨシユキさんとは日中にオープンスペースで初めて会いました。
出会い系の男たちとは主に夜の車内で会っていたので、不思議な気分でした。
少し話して、君本当にかわいいよ、付き合ってほしいと言われました。
最初は、初めて会った人とお付き合いできません、と答えたけど
あんまり熱心に口説かれたので、お付き合いすることにしました。
なぜ日中に会うことになったのかはすぐわかりました。
彼は車を持っていなかったのでした。免許は取消になったまま取得していないみたいでした。
さらに、定職に就いていませんでした。
登録制のアルバイトで日銭を稼いでいました。
夢を追って東京に出ていたけど、やめて実家に帰ってきたところだと言っていました。
デートはほとんどがラブホテルか彼の自宅でしたが、不満はありませんでした。
SEXできるのが嬉しかったのです。
肉体的な快楽は彼からもらえませんでしたが、精神的な快楽はたくさんくれました。
求められた通りに奉仕して褒められると、どんなことよりも心が満たされました。
いくらでもしてあげたいと思いました。
結婚しようと言われ、何度も中出しされましたが
幸いなことに、一度も子どもはできませんでした。
彼は、俗に言うモラハラタイプの人でした。
彼の意にそぐわない事をすると、烈火の如く怒られました。
私は人の目を気にして自分の思うとおりに行動できないことが多く、動作も不器用だったり不注意だったりします。
それにとてもイライラしていたようです。
怒られる原因は確かに私にありましたが、些細なことばかりで
なぜそんなに怒られなければならないのかは理解できませんでした。
洋服や香水は、彼のお下がりを着けさせられました。
全く自分の好みではありませんでしたが、怒られるのが怖くて何も言えませんでした。
18歳の夏のある日、珍しく新品のTシャツを買ってくれました。
私は忘れ物が多いので、ちゃんと持って帰るようにと彼に忠告を受けていました。
絶対忘れちゃダメ、と思いながら、私は彼の家にそれを置いて帰ってしまいました。
1時間ほどかかる帰りの電車の中で、彼からの着信がありました。
そこで初めて、Tシャツを忘れたことに気づきました。
電車内なので出ることができずそのままにしていると、何度も何度も電話がきました。
やっと目的の駅について、降りたホームですぐ電話をすると
彼の第一声は、てめえふざけてんのかという怒声でした。
凄まじい怒鳴り声が数分続きました。
小さい声で度々謝りながら、この人が満足するように生きていくことは私には出来ないと思いました。
彼の話が一区切りついたときに、もう無理です、別れてくださいと言いました。
すると、怒鳴り声は更に大きくなりました。
コロしてやる、家に火をつけてやる、ただで済むと思うな、と。
電話を切りましたが、しばらく鳴り止まず、留守電にメッセージが入り続けました。
恫喝のようだったものが、時間が経つにつれ別れないで欲しいという縋るようなものに変わっていきました。
翌日に着信拒否を設定し、家族と親友にだけこの事を伝えました。
数日後、職場に彼が現れました。
テナントビルの飲食店に勤務していて、防ぎようのないことでした。
離れたところにある休憩室に向かうタイミングを狙い、声をかけられました。
仕事後に話をしよう、帰られると困るから財布を俺にあずけろと言われ
職場の手前争うこともできず、言われるまま財布を差し出しました。
幸い携帯電話は取られませんでしたので、トイレに行くふりをして母に連絡を取りました。
母は、財布はいいから逃げなさいと言ってくれましたが
家に火をつけると言っている相手から逃げることは私にはできませんでした。
仕事が終わって待ち合わせ場所に行くと、彼がいました。
まず財布を返して、謝ってくれました。
どれだけ謝られてもお付き合いしていけると思えなかったので、改めて別れてくれるようお願いしました。
彼も私も譲らず、話は平行線になりそうでしたが
うちの娘が世話になったな、と突然に父がやってきました。
父は社会的権力が強めの職業に就いており、同僚の方を連れて話をつけに来てくれたようでした。脅迫とかはないですw
娘ともう会わないよう、と父と約束を取り付け彼は帰って行きました。
それから2度と連絡は取りませんでした。
ヨシユキさんと付き合い始めた頃から、私の心の拠り所は2chのオフ板に変わっていました。
彼氏がいるから、と出会い系サイトにはあまり出入りしなくなったからです。
そこには私と同じように心に穴の空いた人たちがたくさんいて、心を許せる友達が何人もできました。
仲間と呼べる人たちができたのは、生まれて初めてのことでした。
あれsage抜けた恥ずかしい
19歳の夏は、人生で最高の夏でした。
同世代の気の合うオフ民たちとファミレスで週に何日も何時間も話して、それだけで本当に楽しかった。
その中に、サトシくん22歳がいました。
サトシくんは英語圏への語学留学からの一時帰宅中で、夏の間だけ日本にいると言っていました。
初めて会った時から、魅力的な人だと思っていました。
話し方も、食べ方も、車の運転も、何もかもが優しく穏やかで、こんな男の人もいるんだなぁと感心しました。
いつからか、ほぼ必ずサトシくんが私を家まで送ってくれるようになりました。
そして回数を重ねるにつれ、帰り際のお喋りが自然と長くなっていきました。
サトシくんと話すのが楽しく、一緒にいられるのが嬉しくなってしまいました。
サトシくんのことが一日中頭から離れなくなりました。
サトシくんのことが好きだと思いました。
絶対あかんわな
>>36
サトシくんはめちゃくちゃいい人でした
ある日の帰り際、どうしても抑えきれなくなって、帰りたくないって言ってしまいました。
サトシくんは困った顔ひとつせず、でも少しだけ間をおいて、キスしていい?と私に聞きました。
私は頷きました。
やっぱり、優しいキスでした。
ふわっと口付けられると、体も宙に浮いてしまいそうな感覚になりました。
優しいキスだけでは終わらず、どちらからともなく舌を絡めました。
ぬるりと絡まるたびに、脳天が痺れるような快感でした。
いつまでもやめられず、空が明るくなるまでキスし続けました。
唇が腫れるほどキスをするって本当にあるんだなぁと他人事のように思いました。
送ってもらうたびに、朝までただキスをするようになりました。
デートもするようになりました。
唇だけでなく耳や首にも優しく口付けてくれて、何度も意識が遠のくほど気持ちよかった。
夏が終わる頃、サトシくんは私に言いました。
君が好きだと。
私も好きだと答える時に、自然と涙がこぼれました。
でも、もうすぐサトシくんはとんでもなく遠いところに帰ってしまう。
付き合って、とか、結婚して、とか
約束めいた事を言う勇気は、私にはありませんでした。
彼を縛り付けるような気がして、すごく嫌だったのです。
好きだよって伝えることしか、その時の私にはできませんでした。
でも、私よりも勇気がある女の子がいました。
彼女は、留学先に帰る直前のサトシくんに付き合ってほしいと言いました。
結果的に、彼はそれに応えました。
好きだって言ってたのに、嘘つき。とは、言えませんでした。
泣きながらそのことを伝えてきた彼に、幸せにねって言ってしまいました。
私なんかが彼と付き合えるわけなかったんだから、と自分で納得してしまったのです。
悲しくて悲しくて何日も泣いて過ごしたけど、諦める以外の選択肢は思いつきもしませんでした。
彼が帰ってしまうのと同じ頃に中心的メンバーが他県に引っ越してしまい、肌寒くなる頃にはみんなで集まることはなくなってしまいました。
次に彼氏ができたのは、21歳の時でした。
ナオトさん24歳。
彼は芸術的な才能に溢れた人でしたが、精神的にひどく不安定な人でした。
始めはその才能に憧れを感じ、2人で会うほどに仲良くなりましたが
徐々に彼の危うさに気づき、彼からの告白を断りました。
キス以上のこともしていましたし、形としては私が彼を弄んだように見えるかもしれません。
何でだよって号泣されて、ますます怖くなって、もう会えませんと言って帰宅しました。
>>51
ワロタよ
その翌日に彼の携帯から電話がありましたが、通話口にいたのは彼ではなく彼のお母さんでした。
ナオトに鬱病の急性症状が出て錯乱している、あなたに会うことで落ち着くのではないか、来てくれないか、と言われました。
彼は私と特別仲良くなっていることを話していたのでしょう。
私は罪悪感に耐えられず、彼の家に行きました。
彼は私が慰めることで落ち着きました。
その日から3日間、何の用意もないまま彼の家に泊まり込み付き添いました。
そのまま、なだれ込むように彼の家に住み着きました。
別れたら氏ぬ、という彼から逃げ出してはいけないと思いました。
これは罰だと思いました。
罰を受けなければならない、覚悟を持って彼と向き合わなければならないと思いました。
お前は太宰かっていう
>>56
気づかなかったwww
>>54
君が私が考えるユウキくんなら君のことは書いてないぞ
けち!!
彼だけでなく、彼のご家族とも一緒に暮らす日々が始まりました。
彼のご家族はとても優しく、私を本当の家族のように接してくださいました。
それが本当にありがたかったです。
週に2回ほど自宅に帰り、服の交換だけして彼の家に戻る日々でした。
彼の家にはほとんど荷物を持ち込んでいませんでした。
彼との日々は辛いことばかりではありませんでしたが、楽しかったことはあまり思い出せません。
辛かった日々も、実はあまり覚えていません。
どうやって暮らしていたんだろう、ただ辛かったという記憶だけが残っているような感じです。
ヨシユキさんと同じように、彼の意に沿わないことがあると怒鳴られる日々でした。
ヨシユキさんより怖かったのは、氏んでやると言って刃物を持ち出すことでした。
別れるならこのナイフで氏ねと言われたこともありました。
もう全てがどうでもよくて、分かったと言いましたが、怖くて自分を傷つけることができませんでした。
自分でできないなら俺がコロしてやる、と本気で首を絞められました。
本当に殺されると思いました。少しだけ失神しました。
手の跡が少しの間残りましたが、冬だったので服で隠して生活をしました。
跡が消えても痛みが消えない場所がありました。
何年か後に別な機会で首元のレントゲンを撮ったときに、そこに骨折の跡が見つかりました。
もう一生こうして生きていくんだと思った頃、彼が入院しました。
絶食絶飲になるような消化器の酷い炎症でした。
長引きそうな入院生活のためゲームを買ってきてほしいと頼まれ、彼にメールで確認しながら言われた通りの商品を買って病室へ戻った
つもりでした。
戻って買ったものを手渡すと、これじゃないと激怒されました。
わけがわかりませんでした。
もう一度買ってこいと言われ、病室を出た時に
逃げるなら今しかないと思いました。
彼の家に行き自分の荷物をまとめてから、彼にメールしました。
もうそこには行かない、もうあなたと付き合っていけない、という内容にしました。
彼が弱っているところに卑怯なことをしたと思いますが、もう耐えられそうにありませんでした。限界でした。
彼からのメールにはきちんと返信をすることにして、体は自宅に戻りました。
入院生活で覇気を失った彼は、数日後に別れを承諾してくれました。
私は24歳になっていました。
ナオトさんとの生活の中で、すぐに連絡が取れる友達は一人だけという状態になっていました。
携帯の連絡先の消去を強要されていたからです。
SNSを使い、数人の友達とまた連絡が取れるようになりました。
生き返ったと思いました。
新しい友達が欲しくなって、2chのオフ板に顔を出してみることにしました。
募集をかけると、一人参加してくれることになりました。
初めて会う人が来ました。カズキくん、23歳の男の子でした。
何というかウマが合うというか、びっくりするほど話が弾みました。
彼も私に好意を持っているようでした。
この頃の私は最低の女でした。まぁ今もだけど…
もっと話そうよ、とその日の宿泊先に誘いました。
彼はついてきました。
ひとしきり話した後、同じベッドで寝ることにしました。
大した可愛くもないのに小悪魔めいたマネをして、キスしてと言いました。
彼はおそるおそるキスしてくれました。
唇がものすごく柔らかくて、触れた瞬間ビビっと電流が流れるように気持ちよかった。
だ液の相性みたいなものを感じたのは初めての経験でした。
その日はそれ以上何もせずに寝ました。
幸せは保証せん
>>64
事実は小説より奇なり
すぐにカズキくんと毎日のように会うようになりました。
ちゃねらー同士、肩肘を張らずに楽な気持ちでいられました。
ダメ人間な自分でも受け入れてくれる相手だ、と互いに自然に考えるようになったのだと思います。
彼は人付き合いが極端に苦手なようで、友達がほとんどいませんでした。
みんな嫌い、みたいなことを言ってました。
なぜか私は特別だったみたいです。
彼が話すことが自然と体に入ってきたし、彼もそうみたいでした。
社会不適合者同士のことなので色々ありましたが、結局お付き合いすることになりました。
ナオトさんと暮らしていた時の分を取り返すように交友関係を広げていく私に、カズキくんは嫉妬するようになりました。
自虐的なことを言い、泣いたりするようになりました。
主導権を取ったような気持ちになってしまった私は、彼に高圧的な態度をとることもありました。
彼がすごく情けなく見えて、付き合っていくのが不安になって
私から別れを切り出しました。
ごめんね、ってお互いに謝って終わりました。
謝るのは私の方なのに。
カズキくんと別れたあと、どうしてこんなに恋愛がうまくいかないんだろう、生きるのが辛いんだろうって、ネットで色んなことを調べて、アダルトチルドレンという言葉を知りました。
発達障害についてもたくさん調べて、併発しているかもしれないと思いました。
両親や両親の家族のことを色々な情報を照らし合わせて、生きづらさは遺伝するのだと気づきました。
私が子供を持ってしまったら、その子にも遺伝してしまうと思いました。
一生子供は持たない、子供を持たないようにするために結婚しない、と強く考えるようになりました。
結婚しないためにお付き合いもしないようにしよう、でも寂しさからは逃れられない。
私はまた出会い系サイトに安らぎを求めてしまいました。
たどり着いたのは、大手アダルトSNSでした。
性欲を発散させたいだけのサッパリした男が多いだろう、その方が私にとっても都合がいいと思いました。
今までの経験の中で、私は相手を喜ばせているのに相手は私に何もしてくれないということが多かったので
女性を触るのが好きな人に抱かれてみたいという気持ちもありました。
プロフィールは、SEXで気持ちよくなったことがない、気持ちよくなってみたいので誰か協力してくださいという内容にしました。
読み切れないほどのメールが届きましたが、明るく丁寧なメールをくれたユウくんが気になりました。
顔はイケメン風なのに、ずいぶん変態な感じのプロフィールで、なんだか気が合いそうでしたので
会ってみるつもりでメールを返しました。
あっという間に会う日が決まり、あっという間に顔合わせになりました。
このユウくんはユウキくんではないからな。仮名。
>>73
聞きたいことがあれば言える範囲で答えるよ
身長 体重 何カップ?
>>76
標準より太ってる。Fカップ
どこ住み
>>77
山と田んぼが多い県、とだけ。
ユウくんは、背は高いけど小動物みたいな顔をしてて、クリッとした目に何となく力のある人でした。
お酒を飲みながら色々話そうということで、居酒屋の個室を用意してくれていました。
本名で予約を取ってくれていたことにちょっと笑いました。
こんなサイトで知り合ったのだから、と、普段人には言えないようなことをたくさん話しました。
ユウくんは医療系の仕事をしていて、なぜこのサイトで出会いを求めていたのか、なぜ結婚したくないのか、発達障害のことも含めて理解してくれました。
私の変態的な願望も素直に話したけど、ユウくんも変態だから盛り上がるばかりで
なんだかすごく濃厚な話をしていた気がします。
食事だけで帰ってもいいように、帰らなくてもいいようにって
ズルいけど、そのあとの予定は何も決めていきませんでした。
終電が無くなるのはわかっていたけど、宿も取っていませんでした。
ユウくんは変態のくせに物腰柔らかくて、やることなすことスマートな人でした。
私をホテルに誘うのもすごくスマートで、何も考えずについていくことにしました。
ユウくんはどんな変態かというと、思いやりのあるドSでした。
結論から言うと、その日はSEXしませんでした。
でも、キスと少しの愛撫だけで、私の体は感じたことのない快感を与えられました。
また会いたい、と思いました。
それから毎日連絡を取るようになりました。
SEXへの期待はもちろんあったけど、人間的にもユウくんは気を許せる人でした。
どんなことも素直に話せる相手でした。
住んでいるところに少しだけ距離があったので、次に会えたのは数ヶ月後のことでした。
ラブホテルに籠もっていやらしいことをたくさんしようという約束をしていました。
ユウくんは、目隠しと手を縛るものと電マとバイブを持ってきてくれました。
目隠しをされ手を縛られ、何もできない状態で男の人に犯してもらえる。
憧れでした。どうしようもない嬉しさで頭がパンクしそうでした。
ユウくんは触るのも舐めるのも言葉責めも上手でした。
頭も身体もトロトロにされ、女の悦びってこういうものなのか、とユウくんが教えてくれました。
つまり変態セックス出来る相手を探しているのかね?
>>85
今は探してません。
クタクタに疲れてホテルを出てご飯を食べている時に、ユウくんがこれまでにない大切な話をしてくれました。
ユウくんにとって私が思うほど大切な話だったのかは、今はもうわからないけれど。
その話をしてくれて、すごく嬉しかった。
でも、同時に怖くなりました。
嫌いになる要素がなさすぎました。
好きになっちゃダメなのに、と思いました。
ってことは、その時にはもうユウくんのことが好きだったんでしょう。
自分を律しなければいけないという強迫感にかられて、徐々に連絡を取らなくなりました。
私を好きだという人と深い仲になってはいけない、という気持ちと、愛されたいという気持ちがぐちゃぐちゃなままで、恋愛のことを考えないようにしていたら
少しだけ心が落ち着いて、友達がたくさんできるようになりました。
また仲間と呼べる人が増えた25歳の冬に、その中の一人だったユズルという男に2人で会おうよと誘われました。ユズルは23歳でした。
ユズルはチャラい男で、仲間内の飲み会では年上女を何人も侍らせて飲んでいるようなやつでした。
かえってそのぐらいのやつの方が私も気が楽だと思って、一緒に飲みに行くようになりました。
ユズルとは、今までの人と比べ物にならないくらい話が合いました。
好きなものとか、嫌いなこととか、クソみたいな冗談とかとにかく色んなことが似ていて
ポンポンポンって会話が止まらなくなりました。
朝起きてから寝るまでずっと、何かしらで話しているような感じでした。
私はもう付き合ったり結婚したりしなくていい、という話になった時に、僕は君と付き合いたいけどねとユズルは言いました。
ユズルはまだ若いし、チャラいことを知っていたので、私のことは遊び相手と思ってほしいと伝えましたが
君が付き合いたいと思うまで待ってるという返事でした。
正直なところすごく嬉しかったけれど、それは言いませんでした。
ユズルも小狡いやつで、私以外にもキープ女がたくさんいましたし、それはだいたい私の知り合いでした。
だからこそ、遊び相手でいられそうだからこそ2人で会っていたので
そんなユズルが私と付き合いたいということは、私にとっては凄まじい矛盾でした。
そこそこに長い期間、ユズルは粘りました。
マメに連絡をくれたり、そこそこの距離を会いに来てくれたり、旅行に連れて行ってくれたり、色々なことをしてくれました。
男が金と時間を使うのは本気の証拠と聞いたことがあったので、だんだんとユズルのことを信頼するようになりました。
そして私が押され負けるような形で、お付き合いという形を取ることにしました。
類は友を呼ぶんだよ
たしかに。なんかイッチ見てると哀れだわ。回りにいるのきち○いばっか。
>>94
お茶飲み仲間や酒飲み仲間だよ。色んな人がいたよ。すごく素直で可愛い子も私より歪んでる子もいたよ。変な人ばかりではなかった。
でも、ユズルは他の女と2人で飲みに行くのはやめないと言いました。
浮気じゃなくて友達だから、という理由でした。
ユズル自身ががそう思っていたかはわかりませんが、ユズルは浮気がしたいのではなくそういう自分を許してほしいんだろうなと思いました。
ダメな自分を許してほしい、それで安心できるという気持ちが分かるので、一度は了承しました。
それと同じような心理なんだろうけど、ユズルは自分の女と女を知り合いにさせたいようでした。
明らかに只ならぬ関係の女と、ユズルと遊び始めたばかりの私を引き合わせて一緒に飲ませたり
抱いてフった女を私の誕生会に参加させたり。
蛇足ですがその子とは後に親友になりましたw
色んなことを許してあげて付き合っていこう思ったけれど、私とのデートの翌週に違う女と同じコースのデートをしていたのを知って
あまりに悲しくて、やっぱり私には耐えられないと思いました。
2週間ほどでお付き合いを撤回しました。
この辺でもう恋愛はしない、と決めました。
ユズルのことが終わってから、もうかなり時間が経っています。
スレを立てたきっかけは体調不良からの不妊状態の発覚でした。
子供を持ちたくないと強く思っていると、体がその通りになるみたいです。
本当に、結婚や出産で幸せになることは諦めようと思いました。
諦めがつきました。
私が好きだと思える相手ほど、付き合うという選択肢とは遠い段階で関係が終わってしまいました。
自信のなさや劣等感の強さで、こんないい人の彼女にさせてもらうなんておこがましい、そんなことあってはいけないと思い込んでいたのかもしれません。
私と同じように生きづらさで悩んでいる女性が、もしこのスレッドを読んでくれていたら
好きな人を、大事にしてね。
そしてその人を好きになれたあなたは、あなたが思っているよりも素晴らしい人です。
あなた自身を、もっと大事にしてあげてください。
でも、好きな人があなたを大事にしてくれない気がするなら
その人と一緒にいて、3年後に幸せになれてるだろうかって
ちょっとだけ、考えてみてください。
これで終わりでーす。
読んでくれた方ありがとうございました。
>>106
ありがと!
>>110
自己認知が歪んでいると変な男しか選べなくなってしまうちゅー話や
>>112
車椅子の人用の車があるんだよ。
咥えるのうまい?
>>122
うまいらしいよ。
>>126
本文もだいたい下ネタだよw
親は切ったんか?
実家ちゃうやろな
>>129
実家は最近出たで。自分のペースで何でもできるって最高。
どんな形であれ
>>131
ひとりでのんびり生きていくよ。ありがとう
それでいいのか
もう恋人は作らないってこと?
>>133
たぶんね。とりあえず恋人を探したり、男の子引っ掛けたりはしないよ。本当に好きだと思える人が私を好きだと思ってくれたら付き合うかもね。
仮に好きだと思えてもその人はどこかおかしい人である確率は高いだろうな
99割くらいの人間はクズだからその心配はいらん
もしサトシくんと成就してても1は何も変わってないしな
でも自分の原因の原泉を掴みかけたということはめちゃくちゃ大きいからな
まだわかってないと思うけど時間をかけてわかる
幸せはそれから
>>136
私を好きだと言う人を信じないようにしようとは思う。精神的に脆い人間を嗅ぎ分けてくるタイプだろうしね
>>137
少しずつ世界が開けてきそうな感じがしているよ。ありがとう
こいつがいなきゃ こうはならなかったって 思った時期がある
>>142
私も親が憎い。でも親がダメなのも親のせいじゃないんだよなぁ
グズでも産めたんだなぁバブルはと 冷めた目で見てる
>>150
うちの親は社会的には立派な人だよ。
物理的に親になっても、心は子供のまま、しかも無自覚という人はいつの時代も多いね
自分が女なら水系に行ってるかもなぁ
>>154
わたしもそうしようかと思ったこと何回もあるんだけど、手際が悪いから向いてないだろうなーって思ってやめた
>>135
いやいや捨てられたって大変でしょ!頑張ろうねお互い
>>138
いないよ。正直ほしいけど、それじゃダメだと思ってるからつくらない。
本当の意味での幸せはその後になるから辛いけど頑張れ
>>143
親が悪くてこうなった訳じゃないから、とりあえず距離を置いて生活してみるよ。
人と出会う場所選びを間違ってるのは解ってるん?
>>141
今はわかってる。
友達が似たような感じで、将来が心配なんだけど
>>149
友達自身が何かに気づくしかないやろねぇ、大事な人なら支えてあげてね。
>>151
SEX自体には依存してないけど、出会い系含めてSNS依存だとは思う。
今はSEXしなくても我慢できてるの?
オナニーとかもしてないの?
>>155
SEXしたいというよりはチヤホヤされたい病だから、SEXはしなくても平気。ナンパされたくてバーに行ってた時期はあったなぁ、そっち方面に依存だね。
チヤホヤされたい病って本当によく分かる。そう思ってる自分が本当に気持ち悪い。私も自分のことは本当にクズだと思う。
だから心のどこかで自分は幸せになれない、なってはいけないと思ってる。
>>162
ナカーマ!